~片桐勇作~ 


まだ真っ暗な午前5時。


真琴は帰ってくるなり俺のふとんをひきはがして、日曜日はあいてる?と訊いてきた。


「…んだよ、急に」


目をこすりながら見上げると、どことなく頬を染めた妹。


「泰兄がね、私とお兄ちゃんで食事に行こうって。この前はお兄ちゃん酔っぱらってベロンベロンだったでしょ」


「そうだけださぁ…」


でも何で今さら?


「いろいろ話がしたいみたいよ」


「話、ねぇ…」


俺はあの時、泰輔兄さんに言った。


『あのことは真琴に言わないでもらえませんか』


たったそれだけだったのに、やけに緊張した。


『わかってる』


その言葉にホッとしたのもあるが、彼に夢中の妹を見ているとなぜか妬けて、酒をあおった。


大切な俺の妹の心が、泰輔兄さんに向いている。


小さくて頼りなくて、俺以外真琴を守ってやれなかったのに。


その妹が今手元から飛び立ってしまいそいうで…


なつみ園でもこれと同じような嫉妬を感じたことがあった。


真琴、お兄ちゃんがそばにいるじゃないか、そんな子どものような嫉妬。


それが今になって…


よりによって泰輔兄さんが現れて、また同じ思いを俺は抱いている。


馬鹿馬鹿しいかぎりだ。


だからといって、真琴が恋をすることに反対だというのでもない。


でも、できることなら泰輔兄さんにはしてほしくなかった、というのが本音だ。


まぁ、そんなことを言っても仕方ない。


俺は兄貴だ。


妹の幸せを、思いを叶えてやりたい、とは人並みに思う。



「俺は…ちょっと無理だよ」


「どうして?何か用事?それとも仕事?」


いや、特に何もないんだけど、と思いつつ俺は頭をかいた。


何か適当な言い訳を考えながら。


「あのさ、えっと…」


そうだ、これでいこう。


俺はベッドの上であぐらをかいた。


「実は千春ちゃんと会うことになっててさ」


「あのジョアンの?」


そう、あの美容室経営者の岸本千春、小学時代の同級生。


驚いた顔の真琴だが、すぐにニヤニヤして俺の肩をつついた。


「美容室の取材終わったのにまた会うの?どうして?」


「どうしてって…まあいろいろさ」


「へぇー」


意味ありげな視線。


「何だよ」


「別に何でもありませーん」


からかうように笑っていた真琴が、ふいにとてもがっかりした顔つきになった。