「夢ってなんだ?」人並みの幸せなんてとうに諦めた…。
「好きなものって何だ?」エレキギターの音が耳障りな時点でその道はとうに諦めた…。
あとの残りかすを見渡していくと、会社帰りに定期の圏内で楽しんでいた、ラーメンの世界があった…。
多少の造詣があったので、頭には3日修行しただけでも暖簾を分けてくれる某有名店の名前が真っ先に思いついた。幸いにも傷病手当はまだ1年残っていて、半年修行して、あとは開店準備、残りは娘の学資保険と考えていた貯金を使って、最低3ヶ月の営業期間を想定してみた。
ラーメンを志すものに寛容すぎるその名店は、条件だけでなく、俺の好みの味だったことも舵をとった大きな原因であった。滋味あふれる中に存在感の光る自家製麺のラーメン。甘酸っぱいつけダレで、冷たい麺がさくさく進む、つけそばを創出した偉大なオヤジは、誰もを惹きつける業界の顔であった。

守るべき者のない俺には、当然攻めるしか手は無かった。

程なく本店の門を叩き、ふくよかにわらう業界のオヤジは、熱意だけで修行待ちの何十人を一足飛びに、なぜか俺を受け入れてくれた。その寛容さ故に覇気のない弟子たちに憤慨することもあったが、俺はそのどうしようもない弟子以下の要領と器用さしか持ち合わせてはいなかった。
志の高さも、味にはなかなか反映されなかった。
俺はもとから自分の腕を信じていなかったから、全てをメモに取り、時間やタイミングを全て記録して、技術ではなく、知識として全てを写し取った…。