ヒロミには貞操観念など望むべくもなかったが、俺にはおあつらえ向きのいい女だった。
アキラはプロデビューの話こそ一回流れたものの、夕方の喫茶時間の客はどんどん増えていき、かなり待たなければデザートセットにはありつけないほどになっていた。
何より真面目な仕事ぶりは、本人が望んで俺の師匠のもとに修行に行けば、きちんと飯の食える店の開ける男になっていた。ただ、俺からはギターを捨てろとは、どうしても言えなかったが。
CDショップのオヤジは「レコード・コレクターズ」の隅にしか載らないような音源を太客の俺に押し売りのように仕入れ、部屋はヒロミのロックに占領されていると嘆いたら、ご自慢のリスニング・ルームで心置きなく渋谷系やソフト・ロックの音源を聴かせてくれていた。

新しい世界は、いや全ての世界はもろく、はかないものだが、俺が今飛び込んだ世界は危ういながらも、新しい絆で俺を迎え入れてくれた。
「スモール・サークル・オブ・フレンズ」
永遠に続くはずのないその充実した時間は、夏が過ぎ、秋が終わる頃にゆるやかに崩れ始めた…。
理想の店を提供してくれているじいさんが、味見にくるたびやせ細っていくのが気がかりではあったが、だんだん味見に来る回数が減り、突然ぱたりと来なくなると、連絡先の家電もつながらなくなり、忙しい合間を縫って契約書の住所に向かってはみたが、当然の如くそこはもぬけのからになっていた。
頼る身寄りが無いのも功を奏して、市の福祉課に問い合わせると、脳梗塞で倒れ、今は意識も戻っているという事だった。