「なんでタバコを吸うんですか?」

 風呂上がりの濡れた髪を乾かしもせず、パジャマ代わりに使っている僕の赤いジャージに身を包んだ先輩に僕がそう尋ねると、彼女は先が赤いマルボロを面倒くさそうに口から離して不思議そうな顔をしながら僕をみた。

「なんでって……あ、もしかして君タバコ嫌いだった? ごめんごめん、気がつかなくて」

「いや、別にタバコが嫌いなわけじゃないですよ」

 一ヶ月も前からこんな状況なのに、あまりにも今更な台詞に僕は思わず少し笑う。
 勿論、僕の部屋にタバコの匂いが付くのは少しばかり避けたい事態だったのだけど、先輩の身体の中を通って吐き出されたものが部屋を満たしているのだと考えれば受け入れるのは容易かったし、むしろちょっとだけ嬉しくもあった。

 先輩は迷うように指先でクルクルと器用にタバコを回し、だけど結局は少しだけハニカミながら「じゃあお言葉に甘えて」と呟いてまた僕にとっては未知の物体をくわえる。

 タバコがどんなものなのか僕には皆目見当がつかないが、無表情にタバコをくわえる先輩を見ていると余計にわからなくなってくる。
 せめて美味しそうに吸ってくれれば「ああ、タバコとは美味しいものなんだな」と単純に納得できるのに、先輩は時には不味そうに――顔を顰めながら吸うものだから、僕としては興味がつきないのだ。
 いや、ビールも苦いけど美味しいから、それと似たようなものなのかもしれない。
 苦々しい顔も美味しいモノに出会った幸福感の裏返しに違いない。

「それ、美味しいんですか?」

「んーん。美味しくないよ」

 美味しくないらしい。
 困った。
 さっそく手詰まりだ。美味しくないなら何で吸っているんだろう?
 
 先輩が僕の部屋に住み着いて一ヶ月。
 うどんが好きで骨のある魚介類が嫌い。アクション映画が好きで恋愛物は嫌い。ゲームは好き、だけど苦手。朝に弱くて夜はけだるい。朝食は米よりはパン。だけど大体いつもミルクをたっぷり入れたコーヒーを飲むだけで後は昼まで何も食べない。
 帽子集めが趣味。
 寝相は悪くない。
 寝言はひどい。
 時々優しいけど、基本的にはワガママ。
 9月7日生まれ。
 新潟県出身。
 21歳。
 B型。