奇跡という言葉は誰も使わなかったけれど、秀平が意識を取り戻したのはそれくらいの確率だった。

記憶障害以外に問題はなかったため、秀平は数日後に退院となった。

主治医によれば、障害も一時的なものだから記憶もそのうち戻るだろうし、体力が許せばもちろん高校にも通っていいとのことだった。



「───それでね、秀平。
去年、三人で海に行ったんだよ」

退院後の登校初日。
早く記憶を取り戻して欲しくて、私は学校にアルバムを持って来ていた。

「写真…。
あんたと一緒のばっかだな」

秀平がアルバムをめくりながら、呆れたようにつぶやく。

あんた、か。
他人行儀な呼び方に、胸の奥がチクンと痛む。
早く、今までみたいに実果って呼んで欲しい。

私はそんな思いを彼に悟られないように、無理矢理明るい調子で答える。

「本当にそうだよね。
他に友達いないのかっていう」

「───もしかして、俺らって付き合ってた?」

不意に聞かれて固まった。

えっと…。
どう答えればいいんだろう。

私は秀平が好きだったし、デートに誘ってくれたんだから、秀平もきっと私を好きだったんだとは思う。

だけど、私は秀平にはっきり付き合おうと言われたわけじゃない。

「違うなら別にいいんだけど」

返答に困っていたとき、後ろから肩を叩かれた。

タケルだ。
彼の顔を見て私はホッとした。