ガレー船の中は地獄絵図だった。
俺はとんだ世間知らずだ。

労働者は班に分けられたが、それとは別にいくつかの
派閥があった。
その頭にツルをわたすことにより、狭い船内の空間で、
よりマシな場所を陣取ることができる。

といってもどっちにしたって、一人の持てる空間がきわめて小さく、
人間が詰め込まれていた。

俺は渡せる金などもっていないから
最下層に押し込まれていた。

この船の中では、俺がいままで見たことのない野郎共であふれていた。
衝撃だった。

こんな世界があるなんて、想像もしなかった。
なんて愚かなことだ。
本当に俺の世界は、あの山だけだった。


ある時、争う声がきこえてきた。
そんなことはしょっちゅうだったが、
どうも様子がちがった。

少年が数人の男たちに強姦されていた。

これと似たようなことは、山でもないことはなかった。
男だけの世界。
衆道の連中もいた。
仲間が兄弟子たちに犯されているのを知りながら、何もできないでいた。
俺自身は大師さまの庇護のおかげか、免れていた。


俺は近くに転がっていたバケツを思いっきり蹴り音をたてた。
男どもがふりかえった。

「やめろ。」

おれは低い声で言った。

不思議だった。
山にいたころは、できなかった。
それが、こんな地獄みたいなところに落ちて、
今更正義漢ぶってみせる。

山にいたころ、俺は組織の人間だった。
今は、ひとつの独立した者だ。
そして失うものはない。

「やめろ。」

もう一度言った。
傍らの男がうるさいといっておれを突き飛ばした。

おれは簡単にふっとんだ。

体勢を立て直し、ためしに、眠りの経文を唱えてみた。
洞窟で力を失っていたから、効くかはわからなかった。

ところが、男どもは瞬時に気を失った。

効いた。

治癒と守りの力は失われていたが、
まやかしの術はまだ使えるらしい。

襲われていた少年はあっけにとられた。
見れば、あの、俺の金を盗った泥棒野郎だ。

「兄い、すごいね、今、魔法使ったの?」

「お前、この船に乗ってたのか。」