トラットリアで飯を食っているとき、
おかみさんが話しかけてきた。

「最近、お昼にqが手伝ってくれてるの」

「え?なに?あいつが、なんかやったの?」

「だからね、昼は忙しいだろ?
お父さんとあたしだけじゃまわらなくて、qが手伝ってくれてるんだよ。
助かっちゃって。」

手が止まった。
信じられない。
qが、働いている?

半信半疑だった。



ある夜おそく、興行が終わって帰ってきた。
この時間じゃトラットリアは閉まっている。
いつも、硬くなったオリーヴのパンをかじって寝るだけだった。

ところがその夜は、部屋の扉を開けると、
何かなつかしい匂いに満たされていた。
ものすごい空腹を感じ、腹が鳴った。

qが台所に立っていた。

「おかえり!」

声がはずんでいる。

「なにしてんだよ?」

qはにっこりとほほえむ。
手元をのぞくと手鍋をかきまぜていた。

「これ」

褐色の汁に緑の薬草が浮かんでいた。

「これ、ミソシルじゃないか!?」

「そうだよ!作ってみた!」

「お前、何で?」

俺はqの両腕をつかんだ。

「サダクローよく話してるじゃないか。山の食事が恋しいって。
俺、下のおやじさんにきいたんだ。どうやったら食材が手に入るのか。
そしたら、東方商人が持ってるかもしれないって。
おかみさんからもらった駄賃ためて、東方商人から、味噌を買ったよ
作り方もきいたよ。」

qの作ったミソシルをすすった。
胃の腑が、喜びで満たされる。
消化器の細胞総動員でミソシルを吸収しようとする。

涙が、こみあげてきた。
もういろんな思いとか、山での生活や、山を降りてからの日々が
次々と起想された。
自分が何者なのか、どこからきたのか、思い出した。

ぎりぎり、涙をこぼさずにこらえた。

「あんまりうまくないな」

qが言った。

「やたらしょぱいよ」

「まあ、そうかもな。お前にとっては。これはダシをとってないな。
ほんとは干した海草を煮出して、ダシをとってから味噌をいれるんだ。」

「じゃあ、海草もとってこなくちゃな」

「でも、充分だよ。これで、ほんとに充分。」

うれしかった。
でも、素直に感謝の言葉が言えなかった。

ふと、立ち上がったqの姿を見て思った。

「お前、でかくなったな。」

「そう?」

俺はqの横に並んでみた。
たしかに、初めてあった頃、qの頭は俺の肩くらいにあった。
今は、俺とそう変わらない身長だ。

「昔はちょっとは可愛げがあったけど、今は完全にただの野郎だな」

「なにそれ、どういう意味?」

「一人前になったってことだよ」

qは自分の背丈と俺の背丈を手で比べ笑っていた。

「サダクローなんかそのうちに追い越すぞ」

たしかに、年齢からすれば、そうなってもおかしくはない。


ただ、この頃からだった。
qの体調が悪くなっていったのは。