全ては、失恋から始まった。

 失恋――と一口に言っても、それは告白と必ずしもセットになっているものではなくって。

 あたし――白石美羽(みう)の場合、何もできないまま恋は終わった。

 高校入学以来ずっと憧れていた先輩の、キスシーンを目撃する、という形で。

「瀬口先輩……」

 白い夏服のシャツにおさめられた、見知らぬ女の子のサラサラヘアを思い出す。それはあたしのあっちこっちはねた天パとは大違いで。

 裏庭の、綺麗に咲いたアジサイの色とセットで瞼の裏に刻み付けられていた。

 ちょうどゴミ捨てに来て、たまたまアジサイに見惚れて近寄った茂みの裏。

 二人の仲良さげな後ろ姿を思い起こすだけで、あたしの胸はぎゅうっと痛んだ。

 ――告白する前に終わっちゃうなんて。

「あんまりだよ~神様あ!」

 えーん、と号泣するあたしがいるのはそう、敬虔なミッションスクールとして建てられた学校の聖堂。

 ただ漫然と通っている一生徒なだけで、クリスチャンでも何でもない。
 
 それでも、校舎裏にひっそりと佇む誰もいない静かな空間は、泣くのにぴったりだったから。

 それだけの理由でやつあたりされる神様も可哀相だけど、まさに失恋したてホヤホヤのあたしほどじゃないはずだ。

 そう信じて、あたしは聖堂の天井を見上げた。

 色鮮やかなステンドグラスの一枚一枚が、夕暮れの日差しを反射してキラキラ輝いている。

 シスターの先生方が綺麗に掃除している床に、光のモザイクを描いている。いつもなら、うっとりしてしまうほどの光景。

 それなのに涙は枯れることなくあとからあとからあふれ、大事にし続けてきた先輩の笑顔を、脳裏に蘇らせるだけだった。

 どうやったらこの傷が癒えるんだろう。
 どうしたら忘れられるんだろう。

「……誰か、迷える子羊に、愛の手を――」

 なんて、わっと泣き伏した瞬間のことだった。