side:Jun Kusakabe



いつもなら、仕事の拘束時間は5時間はざらだ。

それなのに、今日は珍しく4時には終了した。

皮肉にも、家に帰りたくないと思う時にこそこうして仕事は順調に終わるから世の中とは不公平だと思う。

ぼくが家に帰りたくない理由は、美樹(ミキ)ちゃんのことにある。

彼女はなんと以前別れた男の子供を身ごもり、仕事も家も失い、誰にも相談することもできず、そうして悩みを抱え込んで過ごしていたんだ。

そんな彼女に手を差し伸べたぼくにさえもそのことを言わず……。


だが、ぼくが怒っているのはそのことじゃない。

自分の――意味がわからない感情についてだ。

ぼくはなぜ、美樹ちゃんを拘束するような言い方をしたんだろう。

今回のことがなくとも、いずれ彼女はぼくから離れ、ひとりで暮らすはずなんだ。

それなのに、彼女がぼくと離れると思えば胸が苦しくて張り裂けそうに痛み出す。


その感情がよくわからない。

なにせ、ぼくには妻がいる。

いくら美樹ちゃんがぼくの理想の女性像だったとしても、沙良(サラ)は特別な存在だ。

彼女なくして今のぼくがいることは有り得ないんだから……。



そうやって色々考えている間もゆっくり手を動かし、聡(サトシ)の会社にある2階準備室で帰る仕度をしているその時、カバンの中から電話が鳴った。

その時、誰からかはわからないはずなのに、なぜか美樹ちゃん絡みのような気がして、ぼくは顔をしかめた。