■Mirror.5



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油絵の具の独特な匂いが部屋に充満していた。


中学の美術室で、あたしは名前も知らない男子生徒と一緒にいた。


名前を……そうね、名無しじゃ可哀想だから“美術バカ”にでもしておこうかな。


そのとき知ったけど、実は同じクラスだったらしい。


あたしは他人に興味がなかったし、クラスメイトの顔もろくに覚えていなかった。


って言うか覚える気がなかったって言った方が正しいのか。


だってみんな同じ制服着て、同じような髪型してるんだもん。見分けつかないよ。




―――彼の前には大きなキャンバスがイーゼルに立てかけられていた。


白いキャンバスに炭で家か何かの背景が描いてある。


家っぽく見えるんだけど…描きかけだったし、よく覚えていない。


あたしは彼の後ろで机の上に腰掛け、彼の絵を描く姿をぼんやりと見つめていた。


彼の右手はすらすらと良く動く。


まるで目の前にその風景が見えているかのように。


「うまいね。どれぐらい描いてるの?」


聞いてみると、美術バカはちょっと振り返って恥ずかしそうにはにかんだ。


「ありがとう。絵はほぼ毎日描いてるよ」


「飽きないの?」


「飽きることはないよ。絵はボクにとって全てで、ボクの魂の一部なんだ」


哲学的…って言うか、この場合ロマンチックって言うべきかな。


でもあたしは彼の言葉を素敵だとも思わなかったし、当時のあたしはそこまで夢中になれるものがなかったから、理解もできなかったし逆にサムかった。


ちょっと肩をすくめて見せて、


「かっこいいね」なんて茶化した覚えがある。