【女中・桧森さと子の最終報告】


空さまと玲お嬢様の婚約式が中止されて幾日、まるで嵐のように日々は過ぎていった。
 
表向きは空さまの誘拐事件による婚約式中断、となっているけれど、その真実を知る者は少ない。

まさか空さまのご友人が挙式を中断させようと目論み、大旦那様が口封じのために事件を起こした、だなんて。

私はトロさんと一緒に、ホテルの駐車場にもぐりこみ、挙式がどうなっているかを確かめるべく侵入したのだけれど……まさか私自身まで誘拐されるなんて、今も夢物語のよう。
 
 
あの後、空さまは竹之内さまの車により、病院に運ばれた。

幸い、命に別状はなく、軽い検査入院で済むということだった。

右腕と頭が切れていたために、各々五針、三針縫わなければならないらしいけれど大したことじゃない。

ただ精神的なショックは大きく、担当医は療養が必要だと話してくれた。

医者の目からしてみれば、今年度に二度も誘拐された経験は多大な心労になると危惧しているのだろう。


けれど違う。

空さまにとって一番の心労は≪借金の真相≫だ。


借金の肩代わりとして御堂家に身を置いた空さま。
御堂家のためにその御身を捧げていた空さまにとって、ことの真相は由々しき事態だった。
まさか自分の家の借金が仕組まれていたものなんて……ショックなこと極まりないだろう。

なおざりで聞いてしまった真実に私は掛ける言葉も見つからない。


彼は御堂家を怨んではいない。

ただ親族のことが許せず、けれど犯人が死んでしまったことにどうすればいいか分からないと言っていた。


本当にそれだけ、なのだろうか?
私が空さまの立場ならそれ以上に怨みつらみを抱くと思う。
 

お金に目が眩んだあの犯人達は翌朝、引き上げられた車から遺体で見つかったそうだ。

事故の原因は彼等のスピード違反による逃走の行き過ぎ、で警察は片付けている。

本当はブレーキが利かなかったからなのだけれど、それは伏せて欲しいと空さまに頼まれている。

何故、隠すのですか?
理由を聞いてみたところ、空さまは「御堂先輩を傷付けたくないから」と哀しそうに笑った。
 

嗚呼、そうか。


空さまはブレーキの一件を大旦那様の差し金だと睨んでいるんだ。


だってもし、事故で空さまや犯人が死ねば、真相を知るものはグンと減る。

ブレーキのことがばれれば洗いざらい警察は捜査に乗り出してくるだろう。

そうすれば自然と空さまやご友人の起こした行動が明るみに出て、御堂財閥の悪事が浮き彫りになる。

空さまはそれを恐れているんだ。


やっぱり心のどこかでは御堂家を慕っているのだと思う。