突然、甲高い鳴き声が響いた。

 放していた藤影が慌てた様子でりいの肩に戻ってくる。

 そして油断なく周囲を警戒する。


 ただならぬその様子にりいも松汰も口をつぐんで藤影を見つめた。

「…藤影?」

 恐る恐るりいが問う。

 その問いに対する答えは思わぬところから返ってきた。


「久しぶりだな、利花」

 久々に聞く自分の本名。りいは弾かれたように振り向いた。

 そこに立っていたのは痩身の若い男。

 粗末な旅装束に身をを包み、背には荷物。

 一見してただの行商人だが、ぼさぼさの前髪の下の眼光は異様なまでに鋭い。

 その鋭さに覚えがあった。

「万尋(まひろ)様…」

 りいは搾り出すように名を紡ぐ。

 無意識に指が刀を求めて腰を探る。

 それをみて万尋はにやりと口角を上げる。

「変わりねえようで何より。…といいてえ所だが、…ずいぶんと平和ボケしちまったみてえだ!」

 突然投げられた符を、りいはすんでのところで叩き斬る。

 どうやらただの牽制だったらしく、符はあっさりと燃え尽きた。

「…何の御用です!」

 りいは松汰を庇うように一歩前に出る。

 松汰はいまだに状況が掴めず目を白黒させていた。


「…お前の主の話だ」

「道満様!?」

 りいは思わず声をあげた。

 山に篭ると旅立ってから早一月以上経つのに、道満からは何の連絡もない。

 さすがに心配だったのだ。

「聞きたいか」

「当然です!」

「…だが、ここではなんだ。ついて来い。もちろん一人で」


 りいが頷きかけたとき、松汰が遠慮がちに袖を引いた。

「りいお姉…」

 不安げなその声にりいの心が揺れる。

 だがその瞬間、万尋がからかうような声を飛ばした。

「…なんだ。臆病風に吹かれて結界に引きこもってるだけならまだしも、さしで話もできねえのか。落ちたもんだな、利花?」

 挑発と知りながらも、りいは万尋を睨んだ。

「参ります。…松汰、大丈夫。道摩の一族の仲間だ。藤影を頼むな」

 松汰の頭を撫で、できる限り冷静な声を出す。

 松汰は釈然としない表情だったが、頷いて藤影を抱えた。