ケータイ小説 野いちご

道摩の娘

月下忍妖

 夜。

 草木も眠る、という丑三つ時である。さすがに安倍邸も静まり返っていた。

 りいはそっと床を抜け出し、手早く墨染の狩衣をまとった。

 懐に藤影を封じた札をつっこみ、刀を持つと、庭に飛び降りた。


 朱雀大路も、この時間には人影すら見当たらない。

 それを確認すると、りいは静かに歩き出した。

(絶対に何かある…!)

 晴明の煮え切らない態度。松汰の言いかけた言葉。

 何かをはぐらかされている感は否めない。

 術師として、あやかしがのさばっていると知りながら見て見ぬふりはできなかった。

 とりあえずは自分にできる範囲で調べてみようと決めたのである。


(夕刻のあそこ…と、市…今日は右京までは無理だな)

 頭の中で素早く計算して行き先を決めた。

 あまり長くなると夜が明けてしまう。

 出会ったときの晴明が何か調べていたらしい右京も気にはなるが、いかんせん距離がある。

 ひとまずは朱雀大路を行くことにした。

 りいは経験上深夜の道を行くことにも慣れていたが、普段賑やかな通りが静寂に包まれている様には独特の緊張感があった。

 夜風に身を震わせる。

 …と。

(―…妖気!)

 あたりを見回すりいの耳に、微かな音が届いた。

 ―…おぉーん……ぉーん…―

 まるで、獣の遠吠えのような…りいはその方向に向かった。


(…邸のほうではないか…!)

 走りながらおおよその位置を割り出すと、先程までいた安倍邸に程近いあたりである。

 晴明不在のいま、術師はりいだけだ。精霊たちもいるが、彼らの戦闘力は判然としない。

 りいは舌打ちして速度をあげた。

 風を読んでどんどん加速していく様は、はたから見れば人というより風の化身か何かのようだ。


 妖気はとんでもない濃さになっていた。

 どんどんこちらに近付いているような気さえする。


 …いや、気のせいではなかったようだ。

 りいは向こうから駆けてくる影を認めた。

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