ポケットを弄れば三百二十五円。酷い身なりをしている。
砂埃を浴びた靴。
焚き火の煙が染み付いたシャツ。
鳶色の爪垢。
とにかく臭い。
僕はシャツを脱いでその臭いを嗅いだ。
「ハァー」思わず溜め息が漏れる。何をするにせよ先ずはお金だ。
それが理解できた。僕は当ての無い資金繰りを思索していた。

「頑張ろうね」
隣で香山さんが独り言の様に呟く。
お金がなくなっても彼女は家に帰ろうとしなかった。
食費は僕が出している。
けれどももはや、その僕にもお金が無い。
だからと言って帰りたくない。
けれども風呂に入りたい。
しかし、腹が減った。
様々な『けれど』と『しかし』があいまって、とうとう僕は決断を下した。

「こうしよう!家に帰って、風呂に入って、小銭を掻き集めて冷蔵庫から食べ物を取ってくる」
僕の決断を聞いていた香山さんは甘い声で、「頑張ろうねダーリン」と言った。
僕は『ダーリン』に反応する前に『頑張ろうね』に反応した。
どうせ彼女は何もしないのだ。
僕はその事を咎めると、「うん何もしない」と返した。
今は昼の三時二十分もう十八時間も何も食べていない。
だから気が立っているのだろうと思い直して、僕はドラム缶の外に出た。
桜は殆ど散ってしまった。
僕は無数の花弁の上に立っている。
こうして見ると花弁を掻き集めれば大した量になる。

『見上げれば空と枝葉と残桜』
意味も無くそんな事を思ってみる。
一瞬、空腹を忘れた。

「すぐ戻ってくるから」
僕はそう言うと、無数に広がる桜の花弁の残骸を踏み擦りながら歩き始めた。
やはり腹が減っている。
腹が鳴った。

「待ってよ!」
僕は立ち止まって振り返った。
香山さんが後をついて来ている。一面の桜の残骸に香山さんの緑の髪の毛が映える。
僕は急にオナラがしたくなり、それを堪えた。
「家に来るの?」
僕は彼女に訊いた。
「うん」
やはり堪え切れない。僕はオナラを透かした。