もう諦めたのだろうかと思っていたのだけれども、クラスメイトの二人、それも男女がドラム缶生活をしているとなれば、さすがに教師というものは焦ってくるらしい。沖岡がうろたえながらやって来た。

「ど、ど、ど、ど」
何かもがいているが、僕達は一向に構わない。

「ど、ど、ど、どうして香山さんまでここにいるんですか!」
君達は不純だとでも言いたげだ。

「PTAの影が見えますね」と僕は彼の顔を見ずに冷たく言い放った。すると香山さんは隣で雑誌を眺めながら、「ねぇ、センセーはこのパーマと黄緑のこのピアスの組み合わせどう思う?」と言った。

「な、な、な、な」
再び何かもがいているが、僕達は一向に構わない。
「な、な、何を言ってるんですか!香山さんまで!とにかく帰るんだ!帰るんだ!いい加減にするんだ!大人を困らせるものではない!ばか!ばかやろう!何が目的なんだ!お前なんかがいるから、俺は困ってるんだ!」

その言を聞き、もうどうでも良くなった。

こいつは僕達に何を期待しているのだろう。
僕は沖岡を睨み、一つの衝動を認めざるを得なくなった。
それは怒りよりももっと大きな怒り。
蔑みよりももっと大きな蔑み。
言葉では表現できない種の物だ。

脳裏にふと、自宅に置いてあるソファーの事が浮かんできた。
それは黒板の色をしている。
僕はそれを引き裂きたくなっている。
鋭いカッターナイフでそれを引き裂きたいのだ。

「カッターナイフ」
僕はそう呟いた。

それは恐ろしい言葉だ。
切るという事の先にある何かへ誘う言葉。
僕はその恐ろしさと快楽の中空にあり。
曖昧の中にいた。
そうなのだ曖昧の中に切り込みを入れるのだ。
曖昧な期待を裏切るのだ。
期待なんて物は裏切るためにあるのだから。
どうせ叶わない夢なら見ないほうが良い。
確率論で言えばそうに決まっているのだ。

「確率論」
僕は再びそう呟いた。