私の怒りのにぎり拳がフルフルと震える。

「それで、誠に申し訳ないのですが……。やはり、この件はお断りしようと思っています。今、日本を離れることは出来ません」


佐久間主任、なんか断ってる風。

うーん……

でも、声のトーンが落ち気味の佐久間主任の声がちょっと聞きづらいヨン。

それでも、がんばって机に耳を当てる。


「理由を聞かせてもらえるだろうか?これは、この会社にとっても、君にとっても重大なターニングポイントになる。それを断ると言うのは……」

「すみません!とてもプライベートなことなので、としか応えられません」

「プライベート……ね」

課長が私がいる机の方へと歩いてくる。

そして、机の引き出しを開けながら、ちらりと机の下の私を見て、ほほ笑む。

が、しかし!

こんな大切な話を一言もしてくれなかった課長にむかっ腹の立っていた私は、渾身の力を込めて課長ににらみを返す。


さすがに、課長の目に「やばい」の三文字が浮かび、さっと目をそらしたかと思うと、机の上のカバンに手を掛け、近くのポールハンガーに掛けてあるコートに手を伸ばす。


「君の言うプライベートとは、もしかして杉原のことか?」


課長の口から突然出て来た私の名前に、ギョギョッとなる。

なななんで、このタイミングで私の名前が出るんでしょうか?


訳も分からず、首を横に倒しながらハテナマークが頭上を飛び交う。


「えっ……と、まぁ、そう……ですね。
彼女は僕の部下ですから、きちんと教育をしてトレーダーとして独り立ちが出来るように指導をしたいと……は思っていますが……」


しどろもどろ答える佐久間主任に、課長が口をはさむ。


「果たしてそれだけかな?」


クスリと笑いながら小さく囁く課長の声が私の耳に届く。


「佐久間君。悪いが、アウト・オブ・タイムだ。そろそろこの辺で失礼する」

「お引き留めしてすみません。では、続きはエレベータートークでも構わないでしょうか?」

「俺は構わないが……」

「もし、よろしければそのまま成田空港まで車でお送りします」

「そうか、助かるな。じゃ、頼むよ」


お互いに和やかに言葉を掛け合いながら、2人は部屋を出て行ってしまう。


ちょ、ちょっと待って!

なんなの?

今の会話。

分かるのは、課長が私に何も話してくれていないと言うことだけなんだぞ!