まさか、まさか、本当に課長だったの?!

それでも走り出した足は止まるはずもなく。

トイレに駆け込み、ようやく乙女杉原、無事生還を遂げる。


お腹、スッキリ。

気分は、ドンヨリ。


仕方なかったとはいえ、課長の手を振り払ってしまった。

しかも、多分、佐久間主任に抱き締められてたのを見られた。


「どんだけ、運が悪いのよ。私……」


ずぅぅぅぅんと重い足を引きずりながら、トレーディング室に戻る。

椅子に座っている佐久間主任の後ろ姿が、ウィンドウ越しに見える。


戻りづらいけど、まだ場中だから戻らなきゃだよ。


ざわざわとした喧騒の中、扉を開け、自分の席に座る。


う、胃が痛い。


私の席のわずか15cm右隣には、佐久間主任がボードを見ながら、客先に電話している。

隣の席とのしきりがないって、ホント、つらい。


「よっ、杉原ちゃん。大変だったんだって?こいつと一緒に機械室に閉じ込められて」


目の前にあるブースの上から、佐久間主任と同期の押尾さんが顔を出す。


「何かされなかった?こいつに。いてっ!」


佐久間主任が押尾さん目掛けてシャーペンを飛ばし、受話器の通話口を手で覆いながら、「するわけないだろう!ばかか、お前は」とガンを飛ばす。

いつもの佐久間主任の態度にホッとする。


そうか。


あの時、抱き締められたのは気のせいだったんだ。

何もないない、何もない。

良かった。

佐久間主任の言葉に安心して、机の上の金融新聞を片付ける。


と、その時、上から重ねられた佐久間主任の手に息の根が止まる。