「あのぉ、課長、ビールでも頼みますか?」

「いや、いらない。車で来ているからな」

そうだった。

バカな質問をしちゃった。

でも、ぶすっとした課長の態度に取りつく島もない。

「……怒らないんですか?」

「怒って欲しいのか?」

こういう言葉の切り返しをされると返事に困ってしまう。

課長は足を崩し、片膝を立てて腕を乗せると、もう片方の手でネクタイを緩めた。

「会社を出る前にもう怒っただろう。それに、怒るって言うのは反省もしていないヤツにするもんだ。お前は十分、落ち込んでいるし、反省もしている。これ以上、怒る必要がどこにあるんだ?」

課長の回答に思わずポカンと口を開ける。

理路整然とは課長の頭の中の事を言うんだ、きっと。


「先方も許してくれると言ってくれたし。でも、次は気を付けろよ」

課長……。

意外な課長の優しい反応にちょっとうるっと来てしまう。

「ま、俺が割ったモニター電話の損害が30万。俺も短気は損気と自分を戒めて、次回は気を付ける」

ふっと笑った課長の笑顔に目が釘付けになる。


鬼でも笑うんだ……。


ようやく落ち着いて改めて課長を見ると、課長ってば、本当にイケメンだ。

はっと人目を引くような二重の切れ長の美しい目。
鼻筋の通った横顔。

それに身長だって、185cmはあるから並んで歩くといつも威圧感があったけど、こうして目の前にすると意外と……

「 何だ?」

いや、訂正。

やっぱ、威圧感バリバリ。


とりあえず、毒殺も、刺殺もなさそうな展開にほっとする。

「本当にすみませんでした。課長がずっと怒っていらっしゃったから、どうしようかと思ってました」

「俺が?いつ怒ってた?」

「車の中で、ずっと怒った顔で前を見ていらっしゃったじゃないですか」

「ああ、そのことか……」

課長の顔が今まで見たこともない優しい笑顔になる。

「受話器をぶっ飛ばした時に、コンタクトレンズもぶっ飛んだんだよ。だから、慎重に運転してたんだ」

「課長、コンタクトだったんですか?」

「裸眼だと0.3かな?でも、お前を乗せてる責任もあるし、事故を起こすまいと運転に必死で……。悪かったな。会話するゆとりもなくて」

そうだったんだ。

これで、毒殺と刺殺路線は完全にグッパイだ。

一気に未来が開けて来る。

やっぱり、家に帰ったら、お見合いの話しを進めて貰おうと、ぐぐっとコブシを握り固く決意する。

「課長!だったら、帰りは私が運転します!いえ、させて下さい!!」

「お前が?」

私は勢い付いて力強く頷く。

「そう……か。わかった。じゃ、お前に任せるよ」

鬼が笑った。