本当は、一瞬、誰だか分らなかった。

声を聞かなければ、きっと課長だって気付かなかった。

「どうした。ポカーンとして?」

課長がハラリと落ちた前髪をうっとおしそうに掻き上げる。

いつもは整えられている髪。

それが今、無造作に課長の額に掛かってる。


かっ!かわいいっ!!


課長ってば、今年、32歳だよね。

でも、目の前にいる課長はどう見たって25、6歳がイイところ。

「課長、可愛い……」

思わず洩れちゃった私の一言に、課長の右眉が一瞬ピクンとつり上がる。

「年上に向かって、失敬な奴だな」

やっぱ、課長だ。

あぶねぇ、あぶねぇ……

危うく、キュン死にするところだった。

ぐっと、かろうじて現世にとどまる。

「しっかし、本当にお前ってヤツは……」

くっと思い出し笑いでもしたらしい課長の思いがけなくもカワイイ笑顔に、一瞬にして、キュン死に鬼が島に突き飛ばされる。


「あれから、突然、お前がいなくなったから、部署のみんなで手分けして探し回って大変だったって言うのに……」

「えっ?!そんなこと、あったんですか?」

飛び上がり掛けて、あまりの頭痛に両手で頭を押さえる。

「……すみませぇぇぇん。覚えてませぇぇぇん」

「だろうな。俺が見つけた時、薬局の前に屈んでたよ」

「薬局?」

「薬局の前にある緑色のカエルの隣に並んで座ってた」

「……ケロヨンですか?」

「へぇ、名前があるのか?あの、カエル。まぁ、そのケロヨンに晩酌しながら陽気に絡んでたぞ」

さぁっと蒼ざめる私の顔を見ながら、意地悪な課長の一言が私を地獄に突き落とす。


「『鬼課長が、最近、人間に見える』と言ってたが……その鬼って、まさか俺の事か?」