課長は深々とソファに寄り掛かると、私をじっと見る。

「仮定の話しに何の意味があるんだ?」

ごもっとも。

さすがですね、課長。

「でも、課長……言いました。不安になったら話し合おうって。一人で抱え込まないで課長に話せって……」

「不安なのか?」

それには答えないで、洋服の裾を掴む手にギュッと力を入れる。

課長は座り直すと、前かがみに腕を組んで考える。

「俺は……子供が出来ないように細心の注意を払ってる」

「でも……だから……例えば、です」

課長がふーっと溜息をひとつこぼす。

「……そのときは、お前に産んで欲しいとは言わんだろうな……」


「そ……っです……か」

体中の血が凍りついて、力が抜ける。

まさに、今、死刑宣告、受けちゃいました。

覚悟してたとは言え、現実となると厳しいね。

「あ、ありがとうございました、課長。本音で答えてくれて、良かったです」

こぼれそうになる涙を懸命にこらえて、すっくと立ち上がる。

「明日も早朝会議ですよね。あっ、そうだ!今夜、日本のコンプラと業務監査について詰めの電話をする予定だったんです。帰りますね」

震えるな、声!

頑張れ、私!!

私は急いで、上着とバッグを回収して玄関に向かう。

「おい!待てよ、由紀!俺の話はまだ終わって……」

「すみません。この話……、もう……したくない……です」

もうこれ以上、課長の口から冷たい言葉を聞いて平気でいられるほど、私、強くない。

帰ろうとする私の腕を背後から掴んでいる課長の手をさっと振りほどく。

「由紀……」

「もう……来ません」

「………………分かった」

私は振り向かずに、玄関の扉を閉める。

……引き止めてもくれなかった。

私は……

私は……

別に課長に愛されてるわけでも何でもなかったんだ。



私は駆け足で課長の部屋から離れ、マンションの廊下の壁に寄り掛かると、声を上げて泣いた。