そうだった。

東京にいたときの、佐久間主任の言葉を思い出す。

「しかし、奥田さんも人が悪いよな。俺には、『俺は特定の女と付き合うつもりも、結婚するつもりもない』なんて言ってたくせにさ」(第108話参照)

あ~……。

言ってた。言ってた。言ってましたね、確かに。

なのに、なんで課長は私と付き合うことにしたんだろう。

…………そか。

これは、きっとナイチンゲール症候群とか言うやつだ。

課長、常々言ってたもん。

私は手が掛かるって……。

そぉぉぉっかぁ~。

ボランティア的なお世話をしているうちに目が離せなくて、そこから、恋という錯覚のワナに二人して落ちちゃいましたって感じ?

ふふっ。

それだ。

そうか……。

誰とも、結婚、するつもり、ないんだ……、課長。



佐久間主任に指摘されてからこの1週間、ぽっかり開いた心の風穴にビュービュー風が吹いてる。

自分ひとり気持ちが天国に登ったり、地獄に飛び降りたりとか、全然、ダメ。

食事も喉、通んない。

「おはよ……ございます……」

会社に入ると、佐久間主任がギョッとして数歩下がる。

「大丈夫か?杉原君!日増しにブス度がアップしてるんだけど」

「はぁ……」

課長と結婚、出来ない。

家庭を持つことなんてできないんだ。

そう思っただけで、毎晩、つらくて泣いてしまう。

泣きながら泣き疲れて寝て、翌日、目が腫れても会社には頑張って出社する……。

でも、仕事なんか手につかない。

ビジネスとプライベートをわきまえなきゃだけど、その仕方が分かんないよ。

情けないけど、私……かなり、課長のこと好きになってしまってた……んだ。

課長との将来を夢見ちゃってたんだ。

「ふっ……うっ……」

不覚にも佐久間主任の前でむせび泣いてしまう。

佐久間主任が申し訳なさそうに、私の頭をそっと撫でる。

「ごめん。これって、やっぱり俺の余計な一言のせいだ……よな」