その日から、怒涛の日々が始まる。

ネコの手として、再び、KY横田がプロジェクトチームに引き入れられる。

「この契約書、リーガルオピニオンとっといて!」

「あ、それはバツです!(証券用語でOK。YES。了解の意味)」

「JSDA(日本証券業協会)の説明に参加する日本側スタッフの手配は?」

「来週中には手配します」

課長不在のNY支社では、佐久間主任が今回のプロジェクトをマネジメントしている。

と言っても、もう課長は実質、バンカメの人間だから、実権はほとんど佐久間主任が握っていると言ってもいいかも。

私はと言うと、証取法を片手に社内を右に左に走り回ってる。


でも、ついに今日、課長と会える。


課長がASEANそして、EU諸国を回って、久し振りに帰ってくる。

ここのところ忙しくて、NYのスタッフはほぼ全員が会社で寝泊りしていたけど、今日だけは少しおしゃれして、早めに会社を出て、夕飯の買い出しに走る。


そして、買い物袋を引っさげて、課長のマンションのドアの前で、ゴクンと息を飲む。

ついに来ました。

このスペアキー様を使う日が……。

息を吸い込むと、スペアキーを持ち、扉の前に立つ。

鍵穴に差さなくても、それだけでセンサーが反応して鍵が開く。

すごいぞぉ~。

さすがペントハウス。

『好きなときに、いつでも』

なんて、渡された鍵だけど、本当に使っても大丈夫?

「どうか、課長につまみ出されませんように……」

胸の前でクロスを切って手を合わせると、ソロ~リと玄関の扉を開ける。