再び厨房に戻ると、厨房はいまだ戦場真っ只中。
最後の仕上げに大忙しだ。

「遅い!どこ行ってたんだよ」

うつむいたまま、生クリームの泡立てに格闘中の佐久間主任に「すみません」と頭を下げる。

「あ、それはもういいです。泡立てすぎると……」

「君がやれと言ったっきり帰ってこないから、加減が分からないんじゃないか!」

拗ねた顔で見上げる佐久間主任の鼻の頭に生クリームが付いている姿が、なんだか可愛くて思わず笑ってしまう。

「ちぇ、笑うなよ」

佐久間主任は口を曲げながら、袖で顔を拭う。

その佐久間主任が、一瞬、私の顔を見たかと思うと、「ふーん……」と冷めた表情で謎の言葉を発し、椅子から立ち上がる。

「さっきから、さかんに君の携帯が鳴っていたようだけど」
「え?!携帯?私の?」

服のポケットに入れていたと思っていたはずの携帯を探す。

「ほら、あそこ。あれ、君のだろう」

あった!

「す、すみません!」

急いで、無造作にテーブルの上に置かれていた携帯を手に取る。

着信履歴が携帯の画面に残っている。
ついさっきもあったらしい。

5回も。

ん?

かぁちゃんからだ。

……なんだろう。

携帯を手にしていると、背後から佐久間主任がぬっと顔を出す。

「とりあえず、顔、直してきたら?その、ぐちゃぐちゃの口紅とか」

「えっ?!」

焦って、唇を押さえる。

「二人して見かけないと思ったら……ヨリ戻してたんだ?」

ボソリと呟いたらしい、佐久間主任の言葉がチクリと胸を刺す。

しかも、顔が見る見る赤くなってしまうのが自分でも分かる。

でも、でも……反論とか、言い返すこととかそういうのができない。

まるで、軽蔑でもされたみたいで、すごく悲しい。

それに、佐久間主任の観察眼の鋭さは全てお見通しで、時に怖いくらいだ。

じっと見つめる佐久間主任の視線もメチャクチャ痛い。

いかん、頭痛までしてきた。

「すみません。すぐに戻ります」

私は携帯をエプロンのポッケにねじ込み、化粧ポーチを掴むと、化粧室に向かって駆け出した。