俺の目線の先に、懐かしい人がいた。
母さんだ…。


母さんは俺が教師として駆け出しの頃、病気で亡くなった。


人間というのは皮肉な生き物で、あんなに大好きだった母の顔が頭の中で薄れていた。

でも、母さんは笑っていた。






「…かあさん…」

目を開けると横には先週俺の奥さんになった衣咲が小さく寝息をたてていた。


布団をかけ直して額にそっとキスをすると衣咲は目を開けた。

「…ん…せんせ…?どうしたの?」

眠たそうにトロンとした目で俺の顔を心配そうに見ていた。
それが愛しくて、彼女の柔らかい真っすぐな髪を撫でた。


「夢を見ていたんだ…」
「…夢?どんな?」
「母さんが出てきて…笑ってた」
「お義母さん?」


衣咲は母さんを写真の中でしか知らない。
どんな人だったか話したことも無かった。


衣咲は微笑むと俺を胸に抱いた。


「…先生、お義母さんはきっと先生が幸せになって良かったって思ってるんじゃないですか?…」


衣咲の温もりは幼い頃感じたものに似ていて、思わず涙が溢れそうだった。

俺の肩の震えに気付いたのか、衣咲はぎゅっと抱きしめて、右手で俺の頭を撫でた。



「今日はこのまま寝ましょうか?」
「…うん…」



夜が更けて、また朝がくる。


目が覚めた時、隣に衣咲がいてくれること。

一番初めに「おはよう」が言える距離。


当たり前だけどそのことがすごく嬉しくて、今俺は幸せなんだと思う。


だから母さん

安心してください。


俺は今幸せです。
直接会わせてあげることは出来なかったけど、俺の奥さん…つまり貴女の義理の娘はとてもいい子です。

俺なんかには勿体ないくらい、しっかりしていて、愛しい子です。

どうかこの先も俺達を見守っていてください。