『(…ホントにそれで、後悔はないのかしら。)』




「(ああ、ないよ。もちろん)」




電話の向こうで、彼女は大きくため息をついた。





『(…ユズはどうするの?)』




「(どうもしない。もう彼女は大丈夫。俺がいなくても一人で歩いてゆけるさ)」




…そうだとも。俺は必要ない。




『(ユズだけのことじゃないわ。あなたはどうなの?)』




「(言っただろ?後悔はない。)」




その言葉が嘘にまみれているということを、彼女には見抜かれているのだろうか。




柚…。




後悔していないわけがない。



彼女が誰かのものになってしまうのを想像するだけで、心が張り裂けそうだ。




けれど俺に、彼女を抱きしめ、引き留める腕などないのだから。




それを持つ誰かにこそ、柚を幸せにできる。





いつか離れてしまうことがわかっていながら、どうしてこんなに愛しく想ってしまったのか。



いつから俺は、こんなに自分の感情を優先する奴になってしまったんだか。





『(…アキラ、逃げるわけにはいかないの?)』




それは、何度も考えたよ。



けれどやっぱり、俺には無理だった。





「(俺は逃げられないよ、沙夜。さぁもう夜も遅い、寝なさい。)」



『…オヤスミなさい。』





片言の日本語でそれだけ言うと、妹の沙夜は電話を切った。





俺は、逃げられないんだよ。




恩があるから、オルドリッジには逆らわない。





…そろそろ、準備をしなくてはいけない。





俺は重い腰をあげてカーテンを開け放ち、朝日を浴びた。