結局小林さんの言われるがまま、携帯の番号とアドレスを女の子らしいメモ帳に書いてようやく俺は解放されることになった。
 小林さんは、俺の書いた文字を紙に刻み込もうとしてるかのようにツーっと一度指でなぞった。
 その姿が、自分のした事が本当に友人の為になるのか、自問しているようにも見えたのは俺の勝手な想像だろうか。
 ややあって小林さんは俺の方に向き直ると、丁寧に頭を下げた。
 「無茶言ってすみません。ありがとうございます。」
 どう返したら良いか分からず、思わず「あ、はい。」などという年上の男にあるまじき間抜けな返答をしてしまう。
 それにも関わらず、小林さんは真摯に頭を下げたままだ。
 居心地の悪さに少し身じろいだ時、小林さんがおもむろに頭を上げた。
 一度深呼吸をし、今度は真っ直ぐ俺の方を見た。思わずこちらも姿勢を正す。
 「すみません。何て言ったら良いのか私には分からない。でも、行きずりの小娘にここまで付き合って下さって本当に感謝してます。頂いた連絡先、絶対適当な使い方しませんから。」
 ああ、真面目な子だ。素直にそう思った。
 この子も、多分この子が大切に思ってる相羽さんも、ミーハー気分でこんなことをする子じゃない。
 「…二日酔い、気を付けて下さいね。小林さんも、相羽さんも。」
 そう思うと自然と労わりの言葉が口をついて出た。
 小林さんは肩透かしを食らったように一瞬キョトンとした顔になる。
 さっきまでの気を張った印象とのギャップがあまりにも大きくて、俺の顔にもようやく自然に笑みが浮かぶ。