恋人がジョークで買ってきた無害タバコ──それを吸った彼の姿に、彼女は笑顔を見せた。

「うん、すっごくカッコイイ」

 それから何度か吸っているうちに習慣づいた。

 恋人が死んでからもその習慣は消える事はなく、むしろ苦い記憶を塗り固めるように吸い続けた。

 タバコを手にすれば脳裏に浮かぶ記憶。

 こびりついたその記憶に顔をしかめながら、まだ忘れたくないとでも言うように火を付ける。

 そのなめらかな肌も、艶のある髪の感触も愛を語る美しい声もまだ覚えている。

 それが、自分を追い詰めている記憶だという事も──それを充分に解っていても、忘れたくはなかった。