――楓サイド――


「まひろいっきまーす」


弓を天井に掲げて宣言する姿は、あくまで“武藤真緒”のものに見える。

俺の知っている“藤峰真裕”は…少なくともこんなに馬鹿っぽくは見えなかった。

いつも真剣な表情で…でも弾き始めると、すごく楽しそうな眼をしていたんだ。

そんなあいつを俺は……いつも…いつも。

追いかけていたんだ…。


「…あ。チューニングいるよこれぇー。この楽器使うの久しぶりだかんねー…はわ!」


「……」


「あっぶなー…。今危なかったよね、ね! 弓投げそうだったよーあはは」


「……」


それが……それがこんなに馬鹿だったとは…。

正直力が抜けた。

どんなやつなのだろうといつも思っていた。

本当に天才的な演奏をし、インタビューでも驕ることなく天真爛漫で。


…天真爛漫どころか天然ボケだったとはな…。

こいつ相手に憧れという言葉は正直使いたくなくなったが、それでもこいつの腕に俺は確かに憧れた。

その人格にも……どっぷりはまり込んだんだ。


「さっさとしな」


「は~い」


ひらひらひら、と弓を振り、また投げそうになって慌てる真裕。

ぶっちゃけて言うとやっぱりアホだ。