『2 ソラ』


 お腹すいた。
 俺はただそれだけを思いながら電車に揺られていた。

 がたん。電車が揺れる。 
 ぐう。お腹が自己主張をする。
 もわわわん。脳味噌が今朝の惨事を再生する。

 それはいつもと変わらぬ朝にまるで警鐘のように鳴らされたチャイムの嵐と共に訪れた。

「あー、ハルさんとナツさんだよー」

 カエデがインターホンのモニターを覗いて来客の名を告げた時から嫌な予感はしていた。
 しかし覚悟を決めずに玄関を開けた俺は予想以上に青い顔のナツとげっそりと疲れ果てたハルの様子に驚く。

 そして玄関に通すともなく招き入れた俺の前で。
 ナツは開口一番、吐いた。

「ぎゃー!」
 驚く俺。

「おかーさーん!ナツさんがゲロゲーロゲロだよー!」
 衝撃を受けるカエデ。

「ナツしゃんお風邪なのー?気持悪いのイヤイヤねー」
 空気を読まないヒナタ。

「お邪魔します」
 このタイミングで挨拶するかハル。

 阿鼻叫喚を聞きつけ雑巾を持ってきたアキは、驚いたがすぐに冷静かつ迅速で適切に対応する。
 さすが子育て真っ只中の主婦。汚物処理の手順に無駄がない。



「カエデ、台所からビニール袋持ってきて。ヒナタは昨日見た新聞取って来てくれるかな?ソラ君、ゲロに気をつけてナツをソファに運んで。ハルはナツの着替え、適当に見繕ってあげて」

 人の遣い方も良く分かっている。

 俺に肩を抱えられて運ばれるナツは色々なダメージでボロボロ過ぎてかえって凄みを醸し出し、その口から「男ってみんな…」「男は女の敵…」「男はみんなハゲろ」等の恨み節を炸裂させている。
 耳から毒を服用している気分だ。

 そのままリビングのソファに横たえる。呪怨を再生するナツのすぐ傍では子供たちがキャッキャと朝ごはんを頬張っている。
 何だろうこのカオス。

 男であり父であるところの俺はこのいたたまれない光景の中で朝ごはんを食べる自信がなく、早々に退散してきた。

 でも食べてくれば良かった。いや、でも食べれただろうか。……まぁもういいか。