(フーさん、今空いてます?時間あったら、深海魚に顔見せませんか?)

 夜中の三時に浅倉からいきなり電話が掛かって来て、深海魚に呼び出された。

 業界の人間は、どうして他人の時間というものに無頓着なのだろう。自分もその業界の一員なくせして、私は寝入り端を起こされてしまった不機嫌さを巻き散らかせていた。そのせいか、私を南平台から六本木まで運んでくれたタクシーの運転手は、一言も口を利かなかった。

 店に行ってみるっと、懐かしい顔があった。

 伏木心也。

 元ロンリーハーツのキーボード。今は引く手数多のアレンジャー。

 心也の昔と変わらないしかめっ面が、じっとカウンターに置かれたままになっているロックグラスを見つめていた。グラスの中の氷は既に解けていて、彼が殆ど飲んでいない事を物語っていた。

「よお」

 既にかなりの酒量を飲んでいてか、煩いくらいにテンションの高い浅倉を無視し、私は心也に声を掛けた。

 無言で視線をこちらに寄越さない心也の耳元を見ると、イヤフォンが付いていた。

「とんでもない子のCD、聴かせてんすよ」

 浅倉の言葉に頷き、私は何も言わずに出されたズブロッカを一息に流し込んだ。