イヴの夜。


 街のそこら中が酔っ払っていた。

 あちこちの店から若い米兵が陽気な笑い声を上げながら現れて来る。

 この街に来て初めてのクリスマスだが、こんなにもクリスマスらしいクリスマスを向かえたのは生まれて初めてだった。


『サッド・マン・スリー』の前に来ると、前日の光景が思い出された。

 分厚い扉を押し開けると、そこには様々な音が充満していた。

 客達の話し声、グラスの触れ合う音、会話の邪魔にならない程度に弾かれるピアノ。

 全ての景色が古ぼけた写真みたいにセピア色に見えたのは、立ちこもる紫煙のせいかも知れない。

 前日に訪れた時とは、まるで違う世界がそこにあった。

 テーブルにもカウンターにも客は満杯だった。

 どうにかカウンターの端っこに座る事が出来た。

 マーサの姿を捜すと、調理場で何か作ってるのが見えた。

 身体のごつい(僕の三倍は大きかったと思う)黒人のバーテンが、流暢な日本語で注文は、と聞いて来たので、ビールとお勧めの料理があったらそれをと言うと、

「マーサの作る料理はどれも最高だよ」

 と、隣に座っていた女の子が教えてくれた。

 無理矢理、割り込んだ感じで座ったものだから、身体がピッタリとくっついている。

 嫌でも彼女の顔が目の前に飛び込んで来る。

 ものすごく身体にフィットしたジーパンに革ジャンを羽織っている。

 短く刈られた黒い髪をオールバックに撫で付けていて、形のいい耳にピアスがぶら下がっている。

 アンティークぽいデザインのピアスに、店内の照明が反射し、キラキラと光って彼女の顔全体を柔らかく包んでいた。

 まるでソフトフォーカスをかけたみたいだ。

 僕の不躾な視線など気にする風もなく、その子は黙々とグラスを傾けていた。

 顔立ちやヘアースタイル、雰囲気から、何処か少年のような硬さと、そして、乱暴に扱ったら直ぐに壊れてしまいそうな脆さを感じた。

 こんな風にまじまじと近くで同年代の女性を見つめたのは初めての事だった。