巡査部長の言った通り、「思想犯なる山口文殊」は、中々尻尾を掴ませてはくれませんでした。

それどころか、家にはおらず、大学にはおらず、どこに行ってももぬけの殻。情報のみが一人歩きし、その姿を見ることすらかなわないのが当時の現状でありました。

私には、出世欲というものはあまりない方でこざいましたが、それでも今回の公務に関し、自分の得た情報が捜査に貢献することは、今後の私の進退に大きく関わることであり、また、物事を解決に導くことに携われるのは、言い様のない喜びを感じることを確信しておりましたから、私はすっかりと乗せられて、公言通り、尽力を尽くす手筈を整えておりました。

とは言っても、当時の私では、そよ風が風車を一吹きする程度の尽力さえ持ち合わせてはいませんでしたが。