今より、2年前にさかのぼる。

空には、どんよりとした鉛色に染められた雲たちが泳いでいる。
耳をすますと微かに聞こえるのは、カラスの声。
鈍く響くその声は、周りにそえられた木々たちとコーラスをはじめている。

いつもならば、青空が広がり、広々と見えるこの空も今日ばかりは狭く感じる。

その風景が確かに見える1つの古びた屋敷。
其処は、空よりもどんとした重い空気が流れていた。

屋敷の門に掛けられた錠は錆びきっており屋敷内にましてや、人が住んでいるかのようにはとてもではないが見えない。

そんな門を超えた先にあるのは、庭園に咲き誇る、幾千の赤い薔薇。
定められた、その場所で薔薇たちは何かを予感させていた。

そんな薔薇は嘲笑っているかのようにも見えるし、悲しんでいるようにも見える。
でも、確かに其処で存在を主張しきっていた。

しかし、そんな存在など人間の手に掛かれば簡単にどうにでもなるのは確かで…

現に今、そんな薔薇たちが無雑作に引きちぎられていた。




『百合亜…百合亜…百合亜』




呪文のように幾度もその言葉を口にする。

何かに取り憑かれ、薔薇を引きちぎるその男の目は恐怖すらも抱く。
男はただただ、一心不乱に薔薇を抜いていた。

薔薇を無雑作に引きちぎったせいか、腕や指からは無数の赤い血が滴り、薔薇へと注がれる。