そんな折には、良く妖に誑かされると聞く。

だから、銀の砂が舞い乱れる霧のような雨の向こうから、

洒落た唐傘を差した一人の女が現れた時、咲重郎はそれを酷く警戒した。

色白の、器量良し。

着物も鮮やかで、その上品な挙動から、育ちの良さが伺えた。

その鈴のような声もまた、格別に澄み切っていた。

─おや、旦那様。ずぶ濡れじゃぁありませんか。

どちらへ行かれるので?

まあまあ、宛てがない。

そんなら、良い寺があります。

優しい和尚様ですから

一晩くらいなら、きっと泊めて下さるでしょうよ。

女は紅色に塗った唇を吊り上げて美しく笑った。

それはもう、出来過ぎた人形のように美しく。

咲重郎は、その艶に却ってぞっとした。

が、結局は、その女の傘に入ることに決めた。

魅入られたか─否。

妖艶な女は妖と同義。大した違いはない。咲重郎は、そう考えた。

つまるところ、彼は相手が獣だろうが幽霊だろうが妖怪だろうが、自分を楽にしてくれるのなら何でも良かった。

温かい風呂と床を貰い、少しでも何か旨い物を腹に入れられれば、まやかしでも構わなかった。

それ程までに、彼は疲れ果てていたのだった。