冬の琵琶湖は荒れる

刺すような強い北風に煽られて、文字通り湖水が波立ち暴れる。
そのため地元の漁師は、冬に舟を出すのを渋る。

まして
年が明けたばかりの正月早々にわざわざ舟を出すのは県外から来た釣り人ばかりだ。

一時程の過熱ぶりは収まったとはいえ、ブラックバス釣を目的に近隣の岐阜や京都あたりからバスボートを持ち込む釣り人は案外多い。

大浦というのは
琵琶湖の北端にある小さな漁港で、港に似つかわしいやはり小さな小舟が並ぶ。

『波、高いのう』
そう呟きながら、一艘の漁船を出す漁師が居た。初老の皺だらけの顔に、冷たい冬の風を受けながら発動機のアクセルを開ける。

『えり』の様子を見に行くのが日課だった。

『えり』というのは琵琶湖独特の、葦で作られた定置網のようなもので、上空から俯瞰すると矢印のカタチをしている。

魚の習性を理由した先人の知恵と言ってよい。

ところが近年
この『えり』近辺で釣りをした挙げ句、針が刺さったルアーを放置する釣り人が増えた。

さらには『えり』自体を壊す非常識な連中も居る。

そのため、老人は自分の『飯のたね』である『えり』を欠かさず検分するのがいつの間にか日課になった。