第二章 蝋燭の炎にみえるもの(前編)


「わ、私の番、ですか?」
「そう」
 突然振られた話題に、モモは慌てた。
 面白い話など何もない、そう言おうとしてアレクシスが何を要求しているのか思い出した。葡萄酒を片手に、顔色一つ変えない騎士団の副団長を見据える。
「あの、本当にジパングの話を、お聞きになりたいのですか?」
 幼い姫にしか聞かせたことのない、ジパングのおとぎ話。
 正確に言えば、他の者には理解することができない。
 それは六年前。
 モモ・ダヴィンチ、という名前を与えられる以前。
 百瀬藍子という名前の少女が生まれた、遙か遠い世界の真実。
「さっきも言ったけど、こっちでもかまわないよ」
 する、と骨張った指が頬に触れる。
 吐息が近い。
「だめですー!」
 真っ赤な顔で抗議しながら、両手で顔を押しのけた。
「どうしてそういうお話になるんですか! アレクシス様のバカ!」
 普段、色気のイの字も感じさせないだけに、余計に手慣れた仕草に驚かされる。
 相手は大貴族の出身で、実家はリリシエル国内でも指折りの大富豪ときく。普段は穏和で、時に厳しい、絵に描いたような紳士だが、やはり相応の教養も『その手も経験』も豊富と考えるのが自然だろう。
「私は『アレク』と呼ぶように命じたはずだけど」
 にっこりと意地悪な笑みを浮かべる。
「え? ぁ、で、でも」
 身分差の問題が。
 何より不敬罪で首が。
 いやでも本人の命令だから刑罰には。
 そういえば召使い風情が、副団長をバカ呼ばわりしてしまった事実をどうすれば。
「ぷっ」
 モモが顔色を赤から青へ、青から白へ変えていると、百面相にこらえられなくなったアレクシスが吹き出した。
 からかわれている事に気づいたモモは、面白くなさそうに顔を背ける。
「怒らないでよ」
「怒ってません」