『まったく、あいつときたら…』

R大学の教務課職員・木村治は心の中で悪態をつきながら、右目の眼帯に手をやった。

朝からやっている事務処理は、午後3時を回っても、まったくはかどっていなかった。

『フライパン投げつけてくるなんて目茶苦茶だぞ…』

そのフライパンが命中した時は、この世の終わりを意識した。

もっともそれで木村が悲鳴をあげたおかげで妻は冷静になって、夫婦ゲンカは収まったわけだが。

しかしフライパンよりもこたえたのは、今朝の妻の顔だ。

一晩中泣き明かしたとみられるその目は真っ赤だった。

『1年目のイブにあれはまずかったよなぁ…』

妻への悪態は、後悔と懺悔の念へ変わっていた。

『でもなぜバレたんだろう?』

木村は首をかしげた。

『名刺が見つかったのは致命的だったけど、その気にならなければ見つからないものだし…』

考えこんだ木村には、教務課の受付に立った学生が見えていなかった。