その日は朝から
菖蒲は上機嫌だった。

次々とドレスを棗に合わせては
色が白いからこっちの方が似合う
とか上品で綺麗にまとめるなら
こっち、と何度もスタイリストを
呼びつけては相談している。

そんな母を棗はしらけた気分で
見ていた。
機嫌が良ければ楽でいいけど、
そんな事を思いながら
小さく溜息を吐いた。

「髪はアップにしてちょうだい」

下ろした髪のサイドを
結っていたスタイリストに
菖蒲の指示が飛ぶ。
棗は読んでいたフランス語の
本から視線を上げた。

でも、せっかく綺麗な黒髪ですし
とスタイリストも
自分の考えがあるのか一応
反論してみるが、
そんな子供っぽい髪型では
ダメだと菖蒲はきっぱり言う。
そのやり取りを棗は
鏡越しに見つめた。

母が何かを言い出して
譲った事など一度もない。
母の好きに着飾られ
思い通りに動く、本当に自分は
人形のようだ。
棗は自嘲気味に笑った。

そうして本に視線を
戻そうとした時、髪を引っ張られ
痛みが走る。
思わず顔を上げると
編みこまれていた髪が
スルスルとほどけていく。
スタイリストは唖然とした表情で
それを見ていた。