【矢野SIDE】


「あ、矢野セン! 10円貸して!!」


学食を出たところで、後ろから男子生徒に呼び止められた。

振り返って、自販機の前でお願いのポーズを決める生徒に顔をしかめる。


「先生、だろ? つぅかおまえなんかに貸したら絶対返ってこねぇだろ」

「あ、冷てぇなー。俺が喉渇きすぎて干からびてもいいの?」

「干からびる前に水道捻ってみ。いくらでも出てくっから」

「矢野センひでぇ! 俺は糖分補給したいんだって!」


減らず口の男子生徒を軽く無視して、踵を返す。

赴任してまだ日も浅いのに、なぜか生徒には懐かれていて……まぁ、別に悪くはないけど。

つぅか、なんだよ、矢野センって。


俺は別にいいけど、教頭がなー……。


『甘い顔するからです!』とか、絶対俺が怒られるし。

うるせぇんだよな、あのババァ……。


出勤初日にかなりしつこく言われた茶髪の髪を気にしながら、職員室に向かって足を進める。

2階に続く階段を上りきった時……市川の姿が目に映った。


「まだバスケやってるんですか?」


小柄な女子生徒と話している市川の姿に、なんとなく壁の影に身を潜める。