木と鉄で組み上げられた内装は濃淡のセピアカラーに統一され、等間隔に並ぶ座席は落ち着いたワイン色に飾られている。

俺はその内の一つへと身を預け、ぐるりと周りを観察するように視線を巡らせた。
乗客は数える程で、まるで独りきりでこの空間を占拠している感覚に陥る。
しかし、ゴトンゴトンと規則的に伝わる振動と音は不慣れで、些か居心地が悪い。
けれど時折先頭の方から聞こえる蒸気の上がる不思議な音色は、妙に耳に残った。

窓は空間の左右に等間隔に設置され、上下に開くように硝子が二枚はめ込まれており、そこから見える景色は常に後方へと流れている。

間近な草は形も分からない程に速く、反して広がる草原やその向こうの水平線、空に漂う雲は驚く程ゆっくりと動いていて。

初めて見るその不思議な風景に、俺は知らず知らず見入ってしまっていた。


出発した時景色の一面を覆っていた白銀は既に無く、それと冷たさを同じくした故郷も既に欠片すら見えない。

こうして物凄い速さで、しかし穏やかに流れていく温かな風景を眺めていると、あそこが如何に閉鎖的だったかを思い知らされる気がした。


一体どんな原理で動いているのかも解らない箱の中、絶えない規則的な音と振動に揺られながら時折蒸気の上がる音色を聞く。

何気なく手持ち無沙汰を補うように肩を越えるまでの長さになっていた髪に触れてようやく、其れを束ねていた深紅のリボンの存在を思い出した。

忌々しい其れを抜き取ると、拘束を失った髪がぱさりと広がる。


この布切れは、俺が必ず故郷に戻る証。俺が永劫、故郷の者で在る証。
有無を言わさず嵌められた枷だ。


深紅の其れを握りしめ右隣の窓枠に手を掛け、ガタガタとした抵抗を振り切るように無理矢理上に開けた。

そこから外に首を出すと突風のような強い抵抗が後頭部を叩き、ゴオォッと耳を音が掠める。
バサバサと髪を乱されながら、右手を外に出した。


「サヨナラ」


自ら離すまでもなく風に攫われ手を離れた深紅の布切れは、まるで何かに吸い込まれるように一瞬にして青い空に舞い。
そして直ぐに、見えなくなった。