夕方の公園の砂利の上で、僕は座り込んでいた。
真っ赤な目をぐしぐしと必死で擦る。
視界が霞んでるのは、泣いたからじゃない。絶対違う。

「…ほら。割れてなくて良かったな」

さっきまでとは全然違う優しい声で言われた直後、一気に視界が鮮明になった。
間近に弟の陽の顔。
陽が拾って掛けてくれた眼鏡越しに、何とか笑顔を浮かべて見せる。

「うん…ありがとう」

僕がお礼を言ったのとほぼ同時に、陽のポケットの中で携帯が鳴った。取り出されたのは、黒い機体。
父さんのおさがりだから、僕が持ってる水色の子供用携帯とは全然見た目が違う。
そんな携帯も陽が持つと、妙にしっくり似合っていた。

「あ、母ちゃん‥え、マジ?!」

電話の相手は母さんらしい。そういえば、もう家に帰る時間を過ぎてる筈だ。すっかり忘れてた。

「兄ちゃん帰ろうぜ!今日カレーだってさ!」

今日の夕飯を嬉しそうに教えてくれる陽が差し出した手に、そっと掴まって立ち上がる。
並んで歩きだしながら、陽をちらっと盗み見た。

一つ年下なのに、来年の春には中学に上がる僕より9センチも背が高い。いつも明るくて、仲間に囲まれていて。

僕とは正反対だ。

人付き合いが苦手な僕は、よくからかわれたり苛められたりする。
そんな時に必ず助けてくれるのが、陽だ。
今日だってそう。
いつも絶対に負けない陽は、僕の憧れだった。

「陽…」
「んー?」
「何であんなに喧嘩が強いんだ…?」

特に何か習ってる訳でもないのに、陽は強い。すり傷以上の怪我をした所もみた事がなかった。
僕はその強さの理由が気になって仕方なくて。

「何でって、特に理由ないぜ?」
「え?」

にかっと人好きのする笑顔を陽が向けてくる。
僕が首を傾げたら、陽は更に笑顔を深くした。

「ただ、絶対勝つとは思ってる」

その言葉に、僕は思わず瞬きして。
それを見て陽がまた笑う。



「最初っから負けること考えてたら、勝てるもんも勝てないだろ?」



陽の言葉と夕日に照らされた笑顔が、僕の記憶にくっきりと焼き付く。
僕の中にはない正反対の思考。
憧れて止まない意志。

夕焼けの中を二人で家路につきながら、僕は何度も心の中で、陽の言葉を繰り返していた。