父さん、元気にしてますか?
 僕はなんとかこっちの空気に馴染んできたかなって感じです。
 ちゃんとご飯食べてますか?
 外食ばっかりだとメタボになるぞ、それだけはカンベンしてよ。
 こっちで色々、学んだからさ、帰ったらうんと作るからね。
 楽しみに待ってて下さい。
 それと……




「まぁ~てぇ~ッ!!」
人の間を縫うように走る少年が一人。
彼が必死に手をのばす先には、たった今、駅から離れだしたトラムがあった。
のんきにベルを鳴らすトラムに、少し悪意を感じながら軽快に靴をハネさせて人を抜け、車を避けながらひょいと手すりを掴んで飛び乗る。
「ふぅ~……間に合ったぁ」
肩を揺らして帽子を直し、外を見る。


石造りの町並みは朝霧に包まれ、うすく露をはらんで冷たい。
河からわく水蒸気で鳥がはしゃぐ。


微かに、ゆっくり笑って、寒さに身震い。
襟を直して、車内へひっ込む事にした……

車内は混んでいて座れそうになく、キョロキョロしていると、一人の老婆が手招く。
「坊、こっちきなぁ」
「ニカばぁちゃん、おはよう。こんな早くからどこ行くの?」
「はい、おはよう。市場だよぅ、坊は仕事かい」
「うん。みんなが来る前に仕込みしないとさ」
「偉いねぇ、一人で来て、家の孫にも聞かせたいよぅ」
「あはは、僕のは我が儘だからさ」
「仕事は楽しいかい?」
「うんッ!! 好きな事だからね」