冬が過ぎて夏も盛りになり、ケビンは新しい恋愛モノの映画の撮影に入った。

一度撮影にはいったら少なくとも三ヶ月は自宅に戻れない。

ケビンはさくらを一緒に撮影現場へ連れて行くことにした。

場所はバハマ。
アメリカとは違い、パパラッチの心配も少ない。

明るい太陽の光を存分に受ければ、さくらとの関係も進展するのかもしれない。

そう、さくらを連れて行くという決断は、ケビンの淡い期待をかけた思いからだった。

初めての遠出にさくらは喜びを隠しとうせなかった。

いつもよりも良く微笑み、きびきびと出発の準備を手伝った。

最近では筆談ができるようになり、ケビンにもさくらの意思がはっきりと、言葉で伝わるようになっていた。

これは大きな進歩だ。

いつもは必ず紙やペンを持っていて、それで筆談するのだが、それらが無いときには、さくらは手のひらにアルファベットを人差し指で書いて見せた。

それは読みなれたケビンだけがわかる暗号そのものだった。

『バハマってどこらへん?』

「バハマはアメリカじゃないんだよ。西インド諸島のキューバやハイチの隣にある。」

さくらのペンがすばやく動く。

『キューバってアメリカと仲が悪いんでしょ、麻薬がはびこってたりして。ちょっと怖いね。』

「大丈夫だよ、アメリカ大陸最初の社会主義国といったって、カストロももう年で、喧嘩なんかふっかけてきやしないさ。どうせ、撮影現場からは離れられないんだから。それよりもトロピカルでとても美しいところだそうだよ。」

『私、海大好き。きっと海を見たら帰りたいって思うもの。』

と、ノートに走り書いた瞬間、さくらは一瞬何か考えた様子だった。

― 私、最後どこで海を見たんだろう。

「まぁ、ついてからのお楽しみさ。それより、この前のチーズケーキまた作ってくれよな。アレックスがまた食べたいって言ってたんだ。」

嫌な予感がよぎったケビンはとっさに話題を変えた。

最近の彼はこんなことばかりうまくなっていた。

できるだけ、こうしてる時間が長く続いて欲しかったのだ。