私が故郷を離れて都に来てから、思えばもう六年となった。その間、耳に入り目に映った、いわゆる国家の大事も、数えてみると少なくはない。けれども、そのいずれも私の心に何らの痕跡も残してはおらず、仮にこれらの出来事の影響を私に訊ねられても、つまるところ、私の嫌味な性格を悪化させたという他はない。――実を言うと、人々を毎日の笑いぐさにすることを覚えてしまったのである。
 ただし、ある小さな出来事だけは、私にとって意義のあるものであった。私を意地悪な傾向から遠ざけてくれ、今でも忘れることができない。

 民国六年(一九一七年)の冬の出来事である。
 北風が吹きすさぶ最中、私は仕事の都合で、朝早く往来を歩かなくてはならなかった。道中ほとんど人に遇わなかったが、何とか人力車をつかまえて、S門まで走らせた。
 やがて風が弱くなった。地面を覆っていた塵も今では吹き払われて、残っているのは真っ白な一条《ひとすじ》の道路だけであった。車夫も駆け足を以前より速めた。
 S門を目前にして珍事が出来した。誰かが車の梶棒《かじぼう》に引っかかって、ゆっくりと倒れたのである。