今までこれほど走ったことはない。

悠美の肺は悲鳴をあげ、そして足は鉛をひきずっているかのように重くなっている。

だが、それでもこの足を止めることは許されない。


(捕まったら殺される!)


大げさではなく死が訪れるかもしれない。

げんに悠美は、つい先ほどまで本気で裕子を殺すことを考えていた。だからこそ、追ってくる二人の心理を読み違えることはない。

「待てよ、悠美!」

その声が遠ざかる気配はいっこうになかった。


追いかけるのぞみと沙理奈も必死だ。裏切られたという怒りが、同じく重い足を無理やり引っ張り上げている。


ビルの壁に反響していた三人の足音が、不意に返ってこなくなった。街を貫く幅の広い川を渡る橋に差し掛かっていた。

なかほどまで走ったとき、背後の声がひときわ大きくなった。

「待てって──」

のぞみの声だ。

振り返ろうとした悠美の肩は、力強く掴まれた。振り払おうとした腕に、今度は沙理奈の手が絡みつく。

(もうだめだ)

息が続かなかった。

だが、それは後ろのふたりも同じだ。のぞみと沙理奈の執念のほうが勝っていたというべきだろう。