「ねージル」
あかりの声。とりあえずシカト。
「ジルってばー」
まだシカト。
「おーいジルー」
さらにシカト。
「へんじがない。ただのしかばねのようだ」
「だから死ぬかボケ。ドラク○ネタはもう良いんだよ」
後部デッキのいつものソファから起き上がる。
バラクーダはニューヨークを出航し、南下していた。俺は海パン1枚で昼寝。撃たれた右肩がまだ少し痛む。あかりも水着姿でビーチチェアに身体を預け、忠吉のデコの続きをやっている。
「海の上でカタナなんか抜いたら、錆びるんじゃねえか?」
「全然余裕。普段ちょーメンテしてるし。
それより何ヘコんでんのさ? とりあえず破産しなかったんだから、そんで良くね?」
そうなのだ。賞金首の王には逃げられちまったが、デュケインの命を救ったってことで、ホワイトハウスから直々に20万ドルの報奨金がもらえたのだ。ついでに右肩の治療で、しばらく入院もさせてもらった。こんなことは、異例中の異例だ。
ただし口外無用ってことで。うっかりどこぞの酒場で口滑らせたら、消されるかもしれん。
「ま、金のことは良いんだけどよ。
ディルク。今回はどうよ?」
キャビンで収支の計算をしているディルクに声をかける。
「いくばくかの黒字にはなっている。しばらく前に買い付けておいたダウ連動のETFも、最近のダウの高騰で含み益が出てるしな」
「お前、投資なんてやってたのかよ……」
「資産はアクティヴに運用するのが吉だ。言っておくが、ギャンブルとは違うぞ。ジルが嫌がると思って黙っていたが、以前中国債も買ったことがある。アメリカとEUの経済制裁が始まる直前に売却したら、なかなかの利益を得ることができた」
「すげえなお前……」
「僕が独自に編み出したストラテジーに基づいて売買している。計算式さえ間違っていなければ、システムトレードは資産運用には有効な手段だ」
「そういうもんか」
「そういうものだ」
俺にとっちゃ、チンピラ相手にイカサマポーカーで勝つのが一番手っ取り早い方法だけどな。
「あのさジル」
あかりが話しかけてくる。何やら神妙な面持ちだ。
「ん? 何だよ」
「悪いと思ったんだけど、あたし聞いちゃったんだよね。その……王とジルの会話」
「ああ。回線開いてたしな」
「うん。でさ、昔何があったか知らないけどさ……」
『3年前』の話か……
「てか、何言ったら良いかわかんないけど……その……げ、元気出して!」