人生のどん底に落ちた数分前から一転、現在の私はすれ違う女性たちから羨望の眼差しを向けられていた。

理由はもちろん、隣を歩く男にあるだろう。

歩く速度は決して私を追い抜くことなく、人とぶつかりそうになればさり気なく引き寄せてくれる。

ただ並んで歩いているだけなのに、こちらに悟らせない程度に気にかけてくれているようだ。

私も女性たちからの刺すような視線がなければ気づけなかっただろう。

ほかの男がどうかはわからないが、少なくともあつし君がこんな気遣いを見せてくれたことは一度もない。

常にあつし君は私の前を歩いていて、私はその背中をずっと追いかけていたし、人とぶつかってもあつし君が私を振り返ることはなかった。

気遣われながら、守られながら歩くのは想像以上に居心地がいい。

他人に触れられるというのは、相手が誰であっても嫌悪感を抱くものなのだろうと思っていた。

しかし、男の行動はいやらしさをまったく感じさせない、紳士的な振舞いだ。

隣を歩く男に彼女がいるなら、その女性はとても大切にされているのだろう。

すれ違う女性たちは、私のことを彼女だと勘違いしているようだが。

「あそこにそのシャツ出そうか。知ってる店なんだ」

 男はそう言って指差すが、その先にクリーニング屋らしきものはない。

街中から少し離れたそこには、おしゃれなカフェのような雰囲気のお店が建っているだけだ。

ミントグリーンの壁が色鮮やかなお店の前で、男は立ち止まった。