弐

「君は寂しいのかい?」
 僕の問いに女の子は頷く。
「あたし都会の高校に入学したって言ったでしょ?家から毎日通うわけにもいかないから下宿してるんだけど、やっぱり少し寂しいよ」
 前の駅と同じように新鮮な冷たい空気が車内に入り込む。
 女の子は大きく息を吸い込む。僕も深呼吸。
「山の空気は美味しいね」
 僕がそう言うと、女の子はもう一度大きく息を吸う。
「君はこの春から高校生になったのかい?」
「そうだよ。だからあたしは高校一年生」
 女の子は深呼吸を止め、僕を見る。
「そうか。そうしたら親元を離れるのは初めてだね」
 二つのドアが閉まり、電車が走り出す。
 車内には僕と女の子の二人だけ。
「うん、そう」
 女の子はシートに座りながら両足をパタパタと動かす。
「家に帰るの久しぶりなんだ。うんと、夏休み以来かな?このところ凄く忙しくて、なかなか帰れなかったんだけど、今日から三連休でしょ?だからこの隙に帰っちゃおうと思って何も準備しないで電車に飛び乗っちゃった」
 女の子は何も荷物を持っていない。
 まだ子供っぽさが残る顔と身体。その身体を包んでいる紺色の制服。そして首には茜色のマフラー。
 僕はその子とは反対に少しばかりの荷物を持っている。
 色褪せた黒いGパンに色褪せた黒いジャケット。
 僕の左側に置いてある黒い小さなボストンバッグは京都の家を出る時、裏の物置の中で埃を被っていたものを引っ張り出したもの。
 そのバッグの中には、前に泊まったホテルから持ってきた白い歯ブラシと、中身がもうなくなりかけている白い歯磨き粉。同じホテルから持ってきた、そのホテルの名が入った白いタオルが二枚。そして今僕が着ているものと同じズボンとTシャツ、どちらも黒い。最後に電車に乗る前、駅の売店で買ったポケットティッシュとガムが一袋づつ。
「お兄さんはどの位家に帰ってないの?」
「僕かい?僕は一年半位帰ってないね」
 家を出たのは昨年の春。
 僕は一度南に向かい、それから北へ向かった。
「えーっ!!そんなに家に帰ってないの!?」
 女の子の驚きの声と共に、電車はトンネルに入る。