翌朝目覚めたときにはもう、隣の部屋から女の気配が消えていた。
壁越しに聞こえてくるのは朝のワイドショーの音楽と、それにでたらめな歌詞をつけた兄貴の歌声だけ。
「よう」
ノックもせずに兄貴の部屋のドアを開ける。
でたらめソングがぴたっと止んで、1年半ぶりのなつかしい顔が、こちらを向いた。
心なしか少しシャープになった頬と、伸びかけの襟足。
右手には1リットルの牛乳パック。がぶ飲みだ。
「おう、ケイ。おはよ」
牛乳でできた白ヒゲの下で、兄貴の唇がニカッと笑う。
久しぶりの再会なのに第一声が「おはよう」なんて、間の抜けた性格は相変わらず変わってないんだな。
「おはよ。彼女は?」
俺は兄貴の横に座り牛乳パックを奪った。
部屋の隅には、きれいに畳まれた客用の布団。
……別々に寝たんだ。
ふーん、となぜか俺はひとりで納得。
「ああ、まなみ?さっき駅まで送っていった。ってかなんで知ってんの?」
「声聞こえてたっつーの。隣だし、壁薄いし」
「そっか」
だったら話が早いな、と言って、兄貴は俺の手から牛乳を取り返す。
「あいつ、来月から一緒に住むことになったから。お前と同い年だし、よろしくな」
「何がよろしくだよ。ちょっとおかしくないか?」
「何が?」
質問返しする兄貴の顔は、ちっとも悪びれた様子がない。
言葉を知らない赤ん坊みたいに、きょとんとした表情で俺を見る。
「……いや、だからつまり」
「つまり?」
と兄貴。
「俺にとっては、赤の他人が隣の部屋で住むわけだし」
……しかも、女だし。
と一番重要なところを胸の中だけでつぶやく俺。