たぶん、注文した料理が運ばれてきた直後だったと思う。

向かいに座るおじさんの肩越しに、俺は意外な人の姿を見つけた。

「ゆいさんがいる……」

隣のまなみにだけ聞こえるよう、ささやく程度の小声で言った。

「え?どこに?」

「ほら、あそこ……店員と何か話してるだろ」

あごで小さく示した方向に、まなみの視線が移る。

「ほんとだ」

厨房の近くの壁際で、真剣な顔をして店員と話しているユイさん。

濃いグレーのスーツ姿から、仕事中だということがわかった。

「何してるんだろ。食事に来たようには見えないけど」

「内装のデザインの仕事してるから、たぶんそっち関係じゃね?」

「ああ、なるほど」

俺たちのヒソヒソ話に気づかず、食事を楽しんでいるおじさんとおばさん。

俺は、声のトーンをさらに落として言った。

「まずいな」

「何が?」

「だって考えてみろよ。もし、ゆいさんが俺たちに気付いて話しかけてきたら、どうなる?」

もし、ゆいさんが俺たちに話しかけてきたとしたら。

あの人は、今俺が兄貴のふりをしていることなんか知らないんだ。
当然、俺を“ケイ”と呼ぶだろう。

やっと事態を飲み込めたまなみが、眉を八の字に下げた。

「まずいよ、それ」

「だろ?」

「でも、ゆいさんもお仕事中なんだし、さすがに声はかけてこないんじゃ……」

「お前、わかってねえな。あの人はうちの家族よりさらにマイペースだぞ?」

その言葉に納得したのか、まなみはますます眉を下げて黙り込んだ。